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ちょっと本を作っています

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第七章 チビクロ砦とチビクロ王国

第七章 チビクロ砦とチビクロ王国




天敵はお婆ちゃん

トンちゃんちの裏山は、めったに人が来ない。私の専用遊び場だ。

それでも時々、ご近所のお婆さんたちが散歩に現われる。

チビクロ、女の人が苦手らしい。お婆さんたちの姿を見かけると、一目散に逃げ出す。


「いいお天気ですね」

「タラの芽がでてますよ」

「ここのフキは、柔らかで、アクも少ないから美味しいよ」

「あんたも、こんなとこで、よく飽きないね」

「仕事に行かなくてもやっていけるなんて、あんた、お金持ちだねー」

「いいとこだろ、ずっと、ここに住んだらいいよ」

「あんた、いい人だね。トンちゃんの友だちかね。あの子もボンボンだから……」


顔見知りになったお婆さんたちと、他愛無い話で、話し込む。

お婆さんが居なくなると、どこからともなくチビクロが現われる。

よほど怖かったのだろう、私の足にまとわり付いて離れない。

男の人が現われても警戒はするが、お婆さんのときほどではない。

もしかしたら、お婆さんたちが手にしている杖が怖いのかもしれない。

でも、若い女の人でも逃げてしまうので、何かほかにも理由があるのだろう。


雨の日などが続くと、エサも採れないらしい。

台所の近くまで寄ってきて、ミューミューと鳴いている。

こちらが無視していると、網戸を這い登ってくる。

結構上のほうで、両手を広げ、磔にされたような姿勢で網戸に張り付いて鳴いている。

以前、ピー助が網戸に捉まってピーピー鳴いていた。

ちょうどその外側で、網戸に捉まってミューミュー鳴いている。

こんなとこトンちゃんに見られたら一騒動だ。

「熱湯をぶっかければ、もう来ないよ」なんて、トンちゃん言ってたっけ。

「そうだよ。オレがやってやるよ」と幸ちゃんも言ってた。

やばいよ。


片手にエサを持ち、片手でチビクロを抱かかえ、『チビクロ砦』へ連れ戻す。

事件屋の中村さんが、

「高石さん、俺はあんたの名前であそこを借りているんだ」

「あんたの名前で借りてるところに、トンちゃんや幸ちゃんがいるんだから、遠慮することはない」

「気に入らなければ、トンちゃんと幸ちゃん、追い出しちゃえば」

なんて、きつい冗談を言うものだから、人間を追い出すか、チビクロを追い出すか……。

うん、これは難しい。


チビクロ砦へ連れ戻された砦の守将、約一匹。

エサも食べたいけど遊んでも欲しいらしく、帰ろうとすると私を追いかけてくる。

もう一度エサのところへ連れて行くと食べ始める。

そっと逃げ出そうとすると、また追いかけてくる。

「大丈夫、ここに居るよ」と声を掛け、しばらく留まってやる。


チビクロは、エサを口に含んでは振り向き、またエサをついばんでは振り返る。

しばらくして、ずっと私が居ると安心したらしく、エサを食べることに集中し始めた。

タイミングを見計らって、そっと逃亡する。

今日も雨か……。梅雨入りしたのかもしれない。



チビクロ、ジャングル大帝になる

トンちゃんちへ来てから、雑草も草刈り機でなぎ払った。

裏山の小高いところは、周りに木もなくて、見晴らしがいい。

そのうちみんなを呼んで、バーベキューパーティをやろうと思ったのだ。


緑に囲まれた広場が出来上がった。

ところが広場が出来上がって間もなく、トンちゃんが中古車置き場として貸してしまった。

次々と中古車が持ち込まれる。

中古車置き場なんてものではない、どう見ても廃車置場というか、廃車捨て場だ。

ナンバープレートも付いていない。

毎月5万円貰えるそうで、街金から追われているトンちゃんの気持ちも分かるのだが……。


そんなクルマが20台にもなってしまった。

それだけのクルマを置けるほど、雑草や倒木を整理して切り開いたのだ。

私の苦労が並大抵のものでないことは分かってもらえるだろう。

バカバカしくなって、草刈りも止めてしまった。

すぐに鬱蒼と雑草が伸び始めた。竹や笹も伸び始め、クルマを持ち上げるような勢いだ。


『チビクロ砦』はこの広場の外れにある。

嫌だなと思っていたオンボロ中古車の残骸も、チビクロの遊び場になってしまった。

苦手なお婆さんの姿が見えると、クルマの下へ逃げ込む。

近所のイヌが姿を見せると、ボンネットの上に飛び上がる。

黒い子猫の『ジヤングル大帝』が君臨する王国だ。

でも、クルマとクルマの間の隙間が狭いものだから、チビクロの姿を見失うことも多い。


「チビー」「チビクロ―」と、クルマの間をすり抜けながらチビクロを探す。

そんなとき、急に飛び出したチビクロを踏んづけてしまったことが、一度ならずある。

私の足にじゃれつこうとしたのかな。

それとも、散歩のときによくやるように、急に飛び出して私の関心を引こうとしたのか。

「ムギュー」

「フニュー」

「ごめん、チビ、ごめん」

抱き上げると、恨めしそうな表情をしながらも、しがみついてくる。


私が甘やかすものだから、チビクロ、すぐに人恋しくなるのかもしれない。

しばらく遊んでやらないと、母屋と風呂場の渡り廊下のところへ戻ってきてうずくまっている。

私が見つけたときは抱きかかえてチビクロ砦へ連れ戻せばそれで済む。

でも、私がいないときに限って渡り廊下へ戻ってくる。

幸ちゃんに発見されようものならスリッパ片手に追いかけられる羽目となる。

トンちゃんに発見されたときはどうなのか、目撃していないので分からない。

でも、二人を見かけると、チビクロ、じりじり後ずさりしていく。

可愛がられていないことは間違いない。

それでも、恐る恐る、渡り廊下までやってきて、台所の縁先との間をうろうろしている。


幸ちゃんは最近、千葉駅近くでスナック形式のバーを始めた。

昼過ぎには出掛けて行って、夜中でないと帰ってこない。

トンちゃんは相変わらず昼過ぎまで寝ていて、起きるとすぐに何処へともなく姿を消す。

街金の取立てから姿を眩ましているのだろう。

後に残るのは、いつもエサをくれる清ちゃんと、遊んでくれる私だけだ。

おかげで、チビクロにとっては平和な日々が続いている。

今も目の前で、バッタを追いかけて…………。ようやく捕まえた。


裏山の散歩コースの外れには山間の田んぼが広がっている。

この境目がトンちゃんの土地との境界なのだ。

チビクロも、自分のテリトリーが分かっているのだろう。

天気が良くて、気分のいい日など、私は散歩コースを田んぼの畦道まで広げる。

チビクロも、姿勢を低くして、キョロキョロと周りを覗いながらも、後について来る。

私が足を止めると、足元にからだを擦りつける。

人影が見えようものなら、一目散に山間の道まで逃げ帰って隠れてしまう。

「チビ、大丈夫だよ」と声を掛けても、聞きやしない。


いつもの散歩コースまで引き返すと、すぐに現れる。

まるで何事もなかったように、私の前を元気よくジグザグコースをとって飛び跳ねる。

借りてきたネコってホントだね。

自分のテリトリーとエリア外では、仕草も、表情も、鳴き声も、まるっきり別人(ネコ)だ。



第八章 まったくもう、田舎暮しってヤツはにつづく


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